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松山地方裁判所 昭和31年(わ)137号 判決 1965年2月27日

被告人 太陽石油株式会社

代表取締役 田村克城 外一名

主文

被告会社及び被告人青木繁吉はいずれも無罪。

理由

本件公訴事実は、

被告会社は越智郡菊間町大字種乙一、三五八番地所在の同会社亀岡工場において原油精製業を営むもの、被告人青木繁吉は被告会社の代表取締役として同会社の業務を統轄主宰しているものであるが、同人は右工場敷地内所在の保税工場たる原油タンク(c1)に在中の外貨たるクラモノ原油を関税法第六七条による税関長の許可を得ないで精製工場たる右亀岡工場に送油せんことを企て、被告会社の業務につき所定の許可を受けないで

一、昭和三〇年一一月二八日頃より同年一二月一日までの間、前記原油タンクより右精製工場に直結するパイプラインを通じ、同タンク内の外貨たるクラモノ原油一、一三六K.L.〇〇一(価格八、六〇〇、五四九円七〇銭)を右精油工場に送油し

二、昭和三一年一月一六日頃より同年二月九日までの間、前記原油タンクより右精製工場に通ずるパイプラインを通じ同タンク内の外貨たるクラモノ原油三、〇一〇K.L.六五五(価格二二、七九三、三六七円四四銭)を右製油工場に送油し

以て夫々無許可輸入したものである。

というにあつて右事実中税関長の許可を受けないで輸入したとの点を除きその余の事実は被告会社及び被告人青木繁吉の認めるところであり、各証拠を綜合すると十分これを認めることができる。

よつて先ず

第一、右原油タンクより精製工場に対する送油は保税工場内部における移動で未だ輸入したものとはいえないとの被告らの主張について検討を加える。

1.被告会社においては昭和二九年五月三一日右原油タンクにつき原油の混合蔵置を作業目的とする私設保税工場の特許を受けたこと、同年六月一六日付で私設保税工場増設特許申請書を提出し、本件精製工場などにつき保税工場の特許を申請し、同年七月一六日付をもつて神戸税関長からその承認の指令があつたことは争のない事実である。

検察官は右原油タンクと精製工場を結ぶパイプラインは保税工場の範囲から除外せられており、被告会社の保税工場においては輸入手続を経ない外貨たる原油については保税作業として精製することは許可されていなかつたと主張し、これに反し被告らは右パイプラインも保税工場の範囲に属し、精製作業も保税作業として許可されていたと主張するのでこの点について考えてみることとする。

2.前記の通り本件保税工場増設特許承認(許可)は書面にてなされたものであるところ、行政上の許可、承認などの処分であつて書面によつてなされたものの効力はその書面を基礎として判断せらるべきものであることは理の当然であるところ、本件特許承認書である証第一〇号をみると、右は被告会社名義をもつて神戸税関長に宛てた「私設保税工場増設特許申請」書に対し、昭和二九年七月一六日付で神戸税関長が指令第七四八号をもつて「上記承認する」旨の記載がある承認書であつて、右承認には何らの条件も付されていないので申請通り無条件にて承認せられたものと認められる。それで右承認書の内容をみると、増設すべき建設物の明細中には「送油パイプ」、直径二吋全長約四八〇米、直径三吋全長約一六〇米、直径四吋全長約二六〇米、直径五吋全長約四三米、直径六吋全長約一〇一米と記載せられ、付属図面によると右「送油パイプ」は原油タンクより精製工場に通ずるパイプラインに該当すること、右パイプラインを赤字で示し、赤字は「本願を示す」と記載せられており、「作業の種類」として「原油の混合蔵置並各種礦油の精製」と、また「作業に使用すべき貨物の種類」として「外国貨物礦油及内国貨物礦油」と各記載せられており、これらの各記載を綜合して考えると原油タンクより精製工場に送油するパイプラインも増設を承認許可せられた保税工場の一部分であり、かつ外国貨物である原油を原油タンクより右増設工場に送油して精製作業することも承認許可があつたものと解釈せざるを得ない。

3.なお証人久万勝成、仁尾右左久の各証言(公判調書、証人尋問調書記載の各供述をいう。以下同じ)、証第二四号(保税作業開始の届出書類綴)、証第二二号(原油移出作業日報綴)、証第二五号(保税作業終了の届出書綴)、証第二三号(原油輸入申告書綴)を綜合すると被告会社は昭和二九年一二月一日から昭和三〇年三月一七日までの間百余日に亘り、当時被告会社の保税工場に派遣せられ直接監督の任に当つていた今治税関支署亀岡派出所勤務大蔵事務官仁尾右左久監督の下に、その頃原油タンクに移入蔵置せられ未だ輸入手続を経ていない外国貨物である原油を、右税関係員仁尾に保税作業開始の届出をした上、原油タンクより前記パイプラインを通して精製工場に送油し精製して後保税作業終了の届出をなすと共に輸入許可申請をし、右手続はすべて右係員仁尾において承認せられ許可せられていたことを認めることができる。

右2、3の事実を綜合すると、被告会社の保税工場増設特許承認の範囲は承認書の記載によるも前記の通り解するのが相当であると共に現に現地における行政上の監督もそのように行われてきたものであるから右解釈は疑義を挾むことは許されないものといわざるを得ない。

4.もつとも証第一三号(神戸税関関報)、証第一二号(主税局長、国税庁長官の通牒)、証第一一号(大蔵省税関部長の通牒)に税関係員の証言を綜合すると、当局においては外国産の原油を輸入手続をしないで外貨のままで精製することができる保税工場は認めず、保税工場として認められた原油タンクから精製工場に送油する際には輸入手続をさせる方針であつたこと、税関係員の多くは前記証第一〇号(保税工場増設特許承認書)中、パイプラインの坪数の記載がなく、理由書中「輸入せる貨物を以て各種礦油の精製作業を」なすべき旨の記載があることを理由に右保税工場特許承認の内容は原油タンクから精製工場に通ずるパイプラインは保税工場から除外せられており、精製工場で精製作業ができるものは輸入手続を完了した原油に限る趣旨で前記当局の方針に従つているものと解して取扱つていたものがあることを認めることができる。

しかし前記証第一〇号にはパイプラインについては前認定の通り特定するに足りる十分な表示がなされており、その坪数の記載などは経験則に鑑みむしろ不要と思料せられ、また「輸入せる貨物を以て各種礦油の精製作業を」なすという記載のある「輸入」とは広義の「外国より輸送してきた」の意に使用せられていることは前認定の他の条項と比較考量すれば明らかであるから右証言は採用することができず、本件増設特許承認(許可)が当局の方針に反していたとてその効力を左右するものではない。

5.なお証第一四号(保税作業の種類追加申請について)によれば被告会社は昭和二九年七月二一日付を以て神戸税関長に対し被告会社の保税工場における保税作業について「礦油の精製」を追加する旨申請したことを認めることができ、右は前記認定の本件保税工場増設許可承認のあつた同月一六日より五日後であることは明らかであるが、右証第一四号によると「昭和二九年五月三一日付指令第三五五号によつて御許可になつた弊社所属保税工場に於ける保税作業の種類」を現在許可を受けている「原油の混合蔵置」に「礦油の精製」を追加申請する旨の記載があるに過ぎないところ、被告会社において本件保税工場増設特許承認のあつたことを知つておれば右追加申請するに当り当然承認のあつたことに触れて申請すべきものと考えられるにも拘らず全然これに触れておらず、被告会社の右追加申請と神戸税関長の被告会社保税工場増設特許承認の時間的、距離的間隔を考慮すると被告会社においては右増設特許承認のあつたことを知らずに右追加申請をしたものと認めるのが相当である。(右追加申請に対しては神戸税関においては何らかの処置をしたという形跡は認められない。)従つて証第一四号は前記2.3の認定の支障とするには足らない。

6.また証人仁尾右左久、久万勝成の証言、前記証第二四、二二、二五、二三号を綜合すると被告会社の監督者である税関係員仁尾は昭和三〇年三月二三日頃からそれまで採つてきた前記3認定の取扱方法を改め、被告会社に対し前記通牒のように外貨である原油を原油タンクよりパイプラインを通して精製工場に送油する際輸入手続をすることを求め、外貨のまま精油することを許さず、被告会社もその求めに応じて輸入手続をした後精製していたこと、仁尾は被告会社係員に対し本件保税工場増設特許承認(許可)には外貨のまま原油を精製することは含まれていないことを通知したことは認められるが、右は未だ本件保税工場増設特許承認(許可)の効力を変更または制限する行政処分ということはできないので右特許承認(許可)は有効に存続しているものといわなければならない。

7.以上の通りであるから本件公訴事実は被告会社が保税工場である原油タンクに蔵置せられていた外貨である原油を、同じく増設せられ一体となつた保税工場の一部であるパイプラインを通して精製工場に送油したに過ぎず、未だ輸入の行為があつたということがいえないのであるから結局罪とならないものといわなければならない。

第二、次に本件を更に実質的に検討するに

1.被告会社は従来シエル石油株式会社(以下単にシエル石油と略称する)と契約を結び被告会社において原油輸入のための外貨資金の割当を受けシエル石油に原油買付の委託をなし、シエル石油においては右委託に基き原油の買付をして油送船で輸送し、被告会社の保税工場である原油タンクに陸揚し、被告会社名義で移入又は輸入手続をした上被告会社の保税工場である精製工場で精製していたもので、その間の取引により昭和三〇年頭初においては被告会社はシエル石油に対し相当多額の債務を負担するに至りその支払について両社間に紛議が生ずるに至つた。

2.本件クラモノ原油も前記のように被告会社において外貨資金の割当を受けシエル石油に委託して買付け、ニユーギニヤより油送船エゲロ号にて輸送してきたもので同船は昭和三〇年五月一三日被告会社の原油タンクに陸揚するため菊間港に入港したが、シエル石油においては当時被告会社との前記取引代金の決済について話合がついていなかつたため本件原油について被告会社名義で移入、輸入手続をすることを容認せず、同月一六日シエル石油は自己名義で税関に対し承認前の移入の申告をした上(証第一号中)被告会社の保税工場である原油タンクに陸揚して蔵置せられたものである。

その後同年六月一三日両社間に、本件原油については移入、移出はシエル石油名義をもつてすることに合意しその旨書面(証第二号)をもつて神戸税関に申告した。

3.その後両社間においては取引代金の決済、本件クラモノ原油の処分についての交渉がまとまらず、被告会社においては本件工場の構造上本件原油タンクに蔵置せられてある原油を先に使用しなければ作業ができない事情にあり、かつ被告会社は保税工場主として法律上その名義で輸入申告する権利があるものとして被告会社名義で輸入の許可を受けようと決意し、所轄神戸税関はもちろん、大蔵省その他関係官庁にも度々陳情したが神戸税関に容れられなかつたので同年一一月一一日高松法務局に本件原油の関税相当額として金一一五万円を供託した上同月二一日税関係員に対し本件原油の輸入申告書(証第四号)を提出したが税関係員はシエル石油の承諾ないし委託のない限り両社間には前記の合意があるため被告会社は輸入申告をすることができないとしてその許可を与えなかつた。

4.被告会社はこれがため同年五月から約六ヶ月にわたり主たる事業である原油の精製作業ができず多数の従業員を抱え休業状態となり損失を招き経済的にも非常に逼迫してきたため同年一一月二一日税関係員に保税作業開始届(証第二八号)を提出した上同月二八日より公訴事実記載の通り原油タンクより外貨である本件クラモノ原油を精製工場に送油して精製作業をするに至つた。

以上1ないし4の事実は本件各証拠を綜合するとこれを認めることができる。

5.ところで被告らは本件クラモノ原油については被告会社に輸入申告権がある旨主張するので先ず税関のする輸入許可の性質について考えてみるに輸入許可は税関が関税法及び関税定率法に基く関税の賦課徴収を行うことを主たる目的とし、併せて外国為替及び外国貿易管理法等関係諸法令の規定による許可、承認等の確認を目的とする行政行為であるから輸入申告をすることができるものは輸入貨物につき実質上所有権その他の処分権を有することは必ずしも必要ではないと共に少くとも形式的には所有権ないし処分権を有するものなることを要する(例えば受託者)ものというべきであり、また輸入申告が所定の要件を具備しておれば必ず許可をすべき、いわゆるき束的行政行為であると解するのを相当とする。

6.これを本件についてみるに被告会社とシエル石油間の前記証第二号による合意によりシエル石油が輸入申告をなし得る形式的名義を有していることは論を俟たないところであるが、被告会社はその自営する保税工場である原油タンクに本件クラモノ原油を蔵置保管し、占有しているものであり、かつ本件原油は被告会社が外貨の割当を受け、シエル石油に買付の委託をしたものであるからその所有権が何時移動するかは暫らくおき、シエル石油より委託者である被告会社に引渡さるべきものであり、なお前記証第二号(原油移入申告の件)によれば本件原油については被告会社において関税法上一切の義務を負うことを約し、輸入申告については何等触れていないことを認めることができ、以上諸般の事情を綜合すれば被告会社も本件原油について形式的処分権を有し輸入申告をなし得べき権利があるものと認めるのを相当とする。(本件原油の所有権、処分権の帰属について被告会社とシエル石油との間に紛争があつてもそれは税関の関与し判定すべき事項でなく別途司法手続により判定解決せらるべきものであり、被告会社が輸入の許可を受け処分することによりシエル石油においてその権利、利益が侵害せられるとしてその救済を求め保全しようとするのであれば、仮差押、仮処分等の採るべき方法もある。)

7.かく解すると被告会社の前記輸入申告は許可せらるべきであつて、税関係員においてこれが許可を与えなかつたことは被告会社とシエル石油との間に前記のような紛争があつたことに基因し、右紛争に巻込まれることを危惧して慎重を期した処置で必ずしも一理なしとはいえないが、結局不当の処置というほかはない。

しかして被告会社においては右許可を得ることができないため、前記4認定のように多数の従業員を抱えているにも拘らず休業のやむなきに至り、その蒙る損害は日時の経過と共に増大し、そのまま推移すれば経済的破綻を招く虞があることは明白である。被告会社においてこの窮状を打開するには先ず本件原油を使用して早急に精製作業を再開することよりほか採るべき途はない。ところがそのために必要な本件原油の輸入許可については前記の通り、被告会社は当然与えられるものと信じその採り得る方法はすべてこれを尽したにも拘らず、税関係員の不当な処置により許可を得ることができず、その見込もない。かかる緊急な事態の下において、あくまでその見込のない許可を得て、然る後に精製作業を再開することを被告会社、これを主宰する被告人青木に要求することは極めて苛酷に過ぎ、かかる行為に出でることを期待することは不可能であるといつても過言ではない。従つてかかる特別の事情の下においてなされた本件公訴事実記載の被告会社、これを主宰する被告人青木の行為はこれを非難することができず、従つて被告らに刑事上の責任を負わすことはできず、本件被告らの行為は罪とならないものということができる。

以上の理由により刑事訴訟法第三三六条により被告会社及び被告人青木に対し各無罪の言渡をする。

(裁判官 矢野伊吉 橋本攻 上野利隆)

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